サステナビリティのリーダーに密着!
ビジネスと社会貢献を両立する人と企業の深掘りシリーズ

「涙が出るほど、嬉しかったんです。普通の車屋さんでは味わえない感動が、ここにはあるんですよ」

こう語るのは、株式会社ウィルの代表・宮川護さん。神奈川県横浜市で福祉車両の整備・製作をはじめ、地域に根差した「社会貢献型の車屋」として注目を集めています。

“町の車屋”さんが、車椅子の安全整備や、障害を持つ方が自分らしく運転できる自家用車のカスタマイズまで行うー。なぜ、車屋がここまで“人の人生”に寄り添うのか?その原動力と未来への構想を伺いました。

取材・編集:gooddo編集部

車と福祉をつなぐ新しい車屋をつくりたかった

神奈川県横浜市で、車の整備工場を営んでいます。基本は「町の車屋」なんですが、やっていることはかなり幅広いです。新車・中古車の販売から、車検やオイル交換、板金塗装、損害保険・生命保険の代理業まで、車に関することはほぼ網羅しています。

それに加えて、私たちの特徴は“福祉”の領域に踏み込んでいる点です

福祉車両の整備や修理、さらにはオーダーメイドでの福祉車両の製作と、車椅子自体の整備も行っています。

車いすに関しては、私を含めスタッフ4人が「車椅子安全整備士」の資格を持っていて、しっかりとメンテナンスを行えます。これが意外と珍しくて、「どこにも頼めなかった」とご相談いただくことが多いんです。

福祉車両については、福祉施設さんが送迎に利用するクルマが多いですが、個人のお客様の福祉車両も整備していますね。これも対応できるところが少ないんですよね。

車いすのまま乗れるように改造
足腰が不自由な方向けにステップを追加

ざっくり言うと、車いすの方や足腰が不自由な方が、安心して乗り降りできるように改造した車のことです。スロープが付いていてそのまま車いすで乗れるタイプとか、助手席がクルッと回って外にせり出すようなタイプとか、いろんな形があります。

でも、実際には「この人にはこういう乗り方が合うな」とか「ご家族が乗せ降ろしするならここを工夫したいな」とか、生活スタイルや身体の状態によって必要な形はバラバラなんです。

だから既製品じゃなくて、ひとりひとりに合わせて作ってあげる。僕たちのやってる福祉車両の製作は、そういう“オーダーメイドの福祉車両づくり”ですね

はい、いわゆる「車屋」というよりは、「車と福祉の間を埋める会社」だと思っています

お客様も本当に多様で、ご家族の介護が必要になったためにご相談に来ることもありますし、突然事故で車いすユーザーとなった方もいらっしゃいます。

パラ・スポーツの選手の方も何人もいらっしゃいますよ。彼らは体に不自由なところがあっても、基本的にとてもパワフルで、車の運転もご自身でされますので。

あとは、車椅子の整備をしたくて来てくれた方が、次は親御さんの車検を依頼してくれる、というケースもあります。扱っているサービスが6〜7種類あるので、1人のお客様に複数のサービスをご利用いただくことで、結果的により深く長い関係性が築けることが多いです。

福祉車両や一般車の、車検整備・鈑金・塗装などを請け負っている。

施設の味方になる車屋を作る、と決めた日

私はずっと車業界で働いていて、町工場からディーラーまで幅広く経験しました。最終的には、ボルボとマツダの正規ディーラーで店長を任されていました。ただ、若い頃から「いつかは独立して、自分の会社を持ちたい」という思いを持っていたんです。

当時、店長として業績改善に取り組み、売上も伸びて、やりがいはありました。でも娘が大学を卒業して社会人になるタイミングで、「このまま会社に残るのか、自分のやりたいことをやるのか」を改めて考えて、40歳を過ぎてから覚悟を決めました。

「福祉」に目を向けようと思ったきっかけとしては、ディーラー時代に、福祉施設の方々が「車を修理したくても代車(車の修理中に代わりに一時的に借りる車)がない」「修理代が高くて出せない」と困っている声をたくさん聞いていたんです。

特に、送迎用の福祉車両って、車体が大きいから狭い道でこすりやすい。でも、整備するディーラーは高額だし、なにより福祉車両の代車ってほとんどないんですよ。だからボロボロの車を乗り継いでいたんです。

でも自分の大切な家族を預かってもらう施設の車がボロボロだったら、「この施設、大丈夫?」って思われてしまう。直したくても現場は人手も時間も足りないし、予算もない——そんな状況をたくさん見てきました。

そこで聞いたんですよ。「じゃあ代車があって、安価だったら助かりますか?」って。そうしたら「それだったらやりたい」ってみなさんおっしゃるんです。じゃあ自分がその課題をまるごと引き受けられるような車屋をやろう、と決めた。代車も用意して、価格も抑える工夫して。そういう“施設の味方になる車屋”をつくったんです。

整備待ちをしている車列の中には、大手福祉施設の車も。

最初は本当に想定していなかったんです。でもある時、1本の電話をもらって。

「今乗っているアルファードを、娘が車椅子のまま乗れるように改造してほしい」という問い合わせでした。でも当時、うちは福祉車両を“整備する”ことはしていても、“作る”ことはやっていなかったんです。

だから正直に「製作はやっていないけれど、調べてみます」とお伝えして、一度電話を切りました。その後、東京・日暮里にある福祉車両改造の専門会社「オフィス清水」さんを見つけて、すぐに連絡を取りました。すると「一度会いませんか?」という話になり、即日車を飛ばして訪ねました。

初対面だったのに、4時間ぐらい話し込んでしまって(笑)。こちらの想いも伝えたところ「ぜひ取り扱い販売店になってください」と言ってくださって、すぐにスタッフ4人で研修を受けに行きました。そして電話をいただいた方が最初のお客様として、アルファードをスロープ付きにしたいという方の改造に初めて挑戦したんです。そのときは、古い年式のアルファードにスロープ装置を取り付けて、実際にデモ走行もしていただきました。「これならいける」と確信してもらえたときは、本当にうれしかったですね。

そうなんです。「やってほしい」という声に応えようとして、気づいたらできるようになっていた。お客様の“想い”が、こちらの“挑戦”を引き出してくれる。今では、毎年少しずつ福祉車両の製作台数が増えていて、来週もまた1台納車予定です。

明るく親身に話を聞いてくれ、誠実さがにじみ出る宮川社長。

「誰にでも同じ装置」は通用しない。だから一人ひとりに“問診”する

正直、めちゃくちゃ大変です(笑)。例えば、障がいのある方が運転する場合、その人の身体状況に合わせた装置を“オーダーメイド”でつける必要があるんです。足が動かない方には手だけで操作できるハンドコントロール装置をつける。でも、レバーの高さひとつとっても、その人の体格や可動域に合わせて調整しないといけない。

身長や体型、右利きか左利きか、麻痺の有無や程度——それらすべてを丁寧に“問診”していかないと、最適な装置はつけられないんです。

現場では「車屋」というより「リハビリのパートナー」みたいな立ち位置かもしれません。車種によっても乗り降りのしやすさは違うし、駐車場の傾斜、住環境、家族構成まで全部考慮します。「じゃあこの装置をつけましょう」なんて、簡単に決められることは一つもありません。

しかも、実際に使ってみて「やっぱり使いづらかった」ってなったら意味がない。だからこそ、体験や試乗を何度も重ねて、本人が「これなら大丈夫」と言えるまで付き合います。

はい、正直に言うと、商売としては効率が悪いです(笑)。受注から納車までに3〜6か月かかることもあるし、打ち合わせも何度も必要です。でも、「やめよう」と思ったことは一度もないですね

あるとき、脳梗塞で右半身麻痺になった男性が来て、「また自分で運転したい」と相談を受けたんです。その方は、それまでも車を愛していて、でも事故で運転を諦めていた。

丁寧に問診して、左足だけでアクセルを踏めるようにカスタマイズしました。そして、いざ納車のとき、奥様と一緒に来られて、その場でご自身で運転して帰られたんですよ。

そのときの笑顔、忘れられません。奥様も涙を浮かべていて——「ありがとう、また二人で出かけられます」って

そうなんです。ただの機械じゃない。車って、その人の「やりたい」を叶えるツールになるんですよね。誰かの自由を、生活を、希望を取り戻すための仕事なんだって思えた瞬間でした

他にも、ある車椅子の方からは、「乗っている車椅子を、自分の好きな色に塗ってほしい」と依頼を受けました車いすの車輪の横にある“ホイール”に好きなアニメのキャラクターのステッカーが貼ってあったんですよね。だから合うようにオリジナルの色に塗ってあげて、またステッカー貼ってあげたり。そういう遊び心のあるご依頼もあったりしますよ。

一台一台、丁寧に色味の確認をしながらする塗装は、まさに職人技。

はい、けっこうありますね。うちのスタッフの多くは、前職で一緒に働いていた仲間なんです。「また一緒にやりたい」って言って、あとから合流してくれた人が多くて。なので、最初から気心の知れたメンバーでスタートできたのは心強かったです。

スタッフからは、「お客さんに感謝されるのがやっぱり嬉しい」とか、「普通の車屋じゃ経験できない仕事ができている」という声も聞きます。手間はかかるけど、それだけ意味のある仕事だって、みんな実感してきてくれてるのがありがたいです

町工場って、正直ハードな環境なんです。夏は暑いし、作業も多いし。それでも「この仕事が好き」「誰かの役に立ってる」と思って頑張ってくれる仲間ばかりで、本当に嬉しいです。

いつか、もっと快適な工場にして、もっといい給料が払える会社にして、還元していきたいですね。

はい、ありますね。たとえば、施設の方から「こんなに丁寧に対応してくれる整備工場は初めて」と言っていただいたり、知り合いの施設さんから紹介してもらって「代車がなくて修理に出せなかったけど、ウィルさんなら出せるから助かる」と言われたり。ご紹介いただくのはありがたいですね。

他にも、近所のおばあちゃんが「息子の車椅子を見てほしい」って訪ねてくれたり、自転車の修理を頼まれることもあります(笑)。地域の“困ったときの相談窓口”みたいになってきてるのは、うれしい変化ですね。

某中古車販売会社の不祥事以降、工場内にカメラを設置。徹底した誠実さを大切にしている。

ただ“乗れればいい”わけじゃない。福祉車両の専門家としての伴走

まずは、今やっている福祉車両の整備・製作をもっと充実させたいですね今の工場はどうしてもバリアだらけで…正直、障がいのあるお客様にとって出入りしやすい環境とは言えないんです。だから将来的には、バリアフリーで多目的トイレもある、誰でも入りやすい路面店を作りたいと思っています。

そこでは、デモカーを何台か用意して、実際に“体験してから選べる”ようにしたい。ピットスペースでは、車の改造をしている様子も見学できて、「ここなら安心して任せられる」と思ってもらえるような場所にしたいですね。

「こんなことで相談していいのかな…」って、遠慮される方も多いんですけど、全然気にしなくていいんです。

「こんな風に乗れたら助かるなぁ」っていう想いがあったら、まずは教えてもらえたら嬉しいです。専門的なことは、こっちでいくらでも考えますし、「それだったら、こうしたらいいかもね」って一緒に考えるのが僕たちの役目ですから。

うまくいかないこともあるけど、何度でも相談してもらって大丈夫。うちのスタッフもみんな、そういう気持ちで仕事してます。

車って、生活の一部なんですよね。“ただ乗れればいい”じゃなくて、“安心して、気持ちよく出かけられる”ことが大事だと思ってます。移動のことで困ってる人がいたら、私たちはきっと力になれると思います。まずは相談していただけたら嬉しいです

Profile

株式会社ウイル
宮川 護

町の整備工場やディーラーでの経験を経て、ボルボ・マツダの正規ディーラーで店長を務める。40代で独立し、神奈川県横浜市に株式会社ウィルを設立。新車・中古車販売や車検・保険業務に加え、福祉車両の整備・製作、車椅子の安全整備など“車と福祉をつなぐ”サービスを展開。

ディーラー時代に福祉施設の現場課題を目の当たりにし、「施設の味方になる車屋を作る」と決意。利用者一人ひとりの身体状況や生活環境に合わせたオーダーメイド改造を行い、“もう一度、自分で運転したい”という想いを叶える事業を推進している。