

サステナビリティのリーダーに密着!
ビジネスと社会貢献を両立する人と企業の深掘りシリーズ
「作ったパンの40%も捨てられるなんて耐えられない。社員の努力を大切にしたい」
――そう語るのは、創業100年を迎えた老舗製パン会社・栄屋製パンで、アップサイクル事業「Better life with upcycle」を立ち上げた専務取締役の吉岡謙一さん。
なぜパンの耳に目を向け、なぜ酒造という異業種へと踏み出したのか。吉岡さんの言葉から、その背景にある、職人と仲間への“まっすぐな想い”を伺いました。
取材・編集:gooddo編集部
「パンの耳」の行き場を求めて——ゼロから始めたビール開発

まずは現在の事業内容について教えてください。
私たち栄屋製パンは、給食パンや業務用のパンを製造する会社で、今年で創業100周年を迎えました。その新規事業として、パンの耳を使ったクラフトビールやクラフトジンの開発・販売に取り組んでいます。
2022年にOEMでビール造りを始め、2023年からは神奈川県海老名市に自社の醸造所を立ち上げました。最近では“パンだけでつくる世界初のクラフトジン”にも挑戦していて、100周年の節目にふさわしいプロジェクトになっています。
パンの耳を使うという発想は、どこから生まれたのでしょうか?
きっかけは、工場で毎日大量に出るパンの耳を見ていたことです。
例えば、某有名なサンドイッチ専門店さんなどにパンを卸しているほど、うちのパンはおいしいんです。長い間、パン作りに専念してきたんですが、実はずっと課題に感じていたことがあったんです。
それが、パンの耳の廃棄問題です。
サンドイッチ用のパンって、耳を切り落とすんですけど、パン全体の40%にあたり、その量が毎日300~400kgにもなるんですよ。

これをずっと家畜の餌として処理してきたんですが、どうしても納得がいかなかったんです。だって、職人たちの努力や想いまで一緒に捨ててしまってるなんて、耐えられないじゃないですか。
パン屋は夜中2時から仕込むんです。そんな職人の努力が40%捨てられるんです。他の普通の会社だったら、生産性の40%を捨てるって考えられます?
そんな時にイギリスで『トーストエール』っていうパンを使ったクラフトビールの話を聞いたんです。
「これだ!」と思いましたね。捨てられるはずのものが新しい価値を持って生まれ変わるなんて、魔法みたいじゃないですか?それで、うちでもやってみようって決めたんです。
でも、ビール作りなんて全くの未経験でしたから、最初はクラフトビールの醸造家さんや農家さんに助けてもらいながら、手探りで進めました。
最初は製造してくれる会社を探すために片っ端からメールして何十件も断られたんですが、少しずつ『面白そうだからやってみよう』って言ってくれた方が出てきてくれたおかげで、なんとか形にすることができました。
きっかけは身近な人を大切にしたい。優しさを届ける仕事をしたい
「社会」を意識したというより、職人さんへの愛情を感じますね。
そうなんです、実はスタート時は「社会のために」という意識は強くなかったんです。
むしろ「社員や自分たちの仕事を大事にしたい」という気持ちが先でした。でもその延長線上に、フードロス削減とか、地域農家さんとの連携といった社会的な価値が自然と広がっていったんです。
それって結果的にすごくいいことだなと思っていて。「社会貢献のためにやっている」というより、「身近な人達を大切にしようとしたら、社会にも良かった」という順番なんですよ。

従業員の皆さんははじめから乗り気だったんですか?
最初は「え?パンの耳でビール?」って、ぽかーんとしてました。(笑)
でも、クラフトビールが実際に商品として形になり、百貨店やイベントでも注目されるようになると、社員たちの顔つきが変わってきました。
「自分たちの仕事が、新しい価値を生んでいるんだ」と感じられることは、何よりのモチベーションになっていると思います。
お客さまからの反応はいかがでしたか。
「パンの香りがするの?」と聞かれることが多いですが、実際はパン感はそこまで強くありません。飲んだ瞬間、「えっ、すごく美味しい!」って言われるのが一番嬉しいですね。
どんなに想いが詰まっていても、美味しくなきゃ意味がない。僕たちは食品の世界で生きてきたので、「何よりも、味が第一」です。
「環境にいいから我慢して飲む」ではなく、「普通に選びたくなるから買う」という状況をつくっていきたい。
今回発売された「いよかん」を使ったビール、とても美味しかったです!
ありがとうございます!愛媛の農家さんと協力して「選別除外されたオーガニック伊予柑」と、当社のパン耳を掛け合わせた「Iyokan Juicy IPA」というビールを販売しました。
2022年に第1弾として作った時は、果樹に実った果実の中で間引く時に出た果実を使ったので、青い実の香りとシトラスに似た香り、苦味を生かしたものでした。
今回新しいものは、規格外の伊予柑の完熟果実をふんだんに使っているので、さらに爽やかでジューシーな味わいです。アルコール度数も3.5%と低いので、若い方や女性の方にも喜んでいただけると思います。
今回使った選別除外品と言うのは、傷や形が規格外で市場に出せない果実のこと。味や品質には問題がないのに、見た目だけで廃棄されることが多いんです。「Iyokan Juicy IPA」では、この選別除外品を活用して、伊予柑の爽やかな風味をビールに取り入れています。

地域の方や協力者との関係性も深そうですね。
ええ。たとえば、今回発売したビールに使っている伊予柑は、愛媛・松山の若い農家さんが育てた規格外品を活用しています。
「MOTTAINAI COCOLOFARM」さんというのですが、ここの伊予柑はすごいんです。有機JAS認証の果実って、日本の総生産量の0.09%とかしかなくて、非常に希少な伊予柑なんです。
こういう様々な方とご一緒できるのは本当に嬉しいことです。また、ビールの醸造家さんたちも、最初は何十件も断られた中で「面白そう」と言ってくれた方がいたから、一気に広がりました。
こうした“出会いの連鎖”が、今のチームを形作っていますから、とても面白いですよ。
面白がって次に進むことで、価値を作り出す
今後の展望について教えてください。
実はもう、僕らにとって“パン”じゃなくてもいいと思ってるんです。(笑)パンは出発点でしかない。
価値のないと思われていたものを、もう一度見直して、魔法みたいに価値を吹き込む。それが僕たちのアップサイクルの本質なんです。
まずは今ある醸造所をフル稼働させて、より多くの人にこのビールを楽しんでもらいたい。その先には、きっとまた“誰かのもったいない”が待ってる気がします。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
今回、いよかんを使ったビールを発売しました。このビールは、愛媛県産のいよかんと、給食で余ったパンの耳をアップサイクルしてつくられた、ちょっと特別なクラフトビールです。
規格外の伊予柑の完熟果実をふんだんに使っているので、さらに爽やかでジューシーな味わいです。アルコール度数も3.5%と低いので、若い方や女性の方にも喜んでいただけると思います。
僕たちがつくっているのは、単なるお酒ではありません。食べ物を無駄にせず、素材に込められた「作り手の想い」を無駄にせず大切にした、やさしさの詰まったビールです。
環境にもやさしく、ストーリーのあるギフトとして、贈った相手との会話も自然と広がると思います。
ぜひ一度手に取っていただけたら嬉しいです。
ご購入はこちら
- 直販ECサイト:https://upcycle-beer.com
- SHOGUN CAFE & EXPERIENCE (東京:店内グラス提供)
- リカーランドトップ各店(東京・神奈川:株式会社NIGITA)
- 三河屋 VINAGARDENS PERCH店(神奈川)※三河屋横浜店でも順次お取り扱いを予定
- ふしおん(愛媛県松山市)
- bar de espana Central(愛媛県松山市)